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Zeebra SPECIAL INTERVIEW

HIP HOPとの出会い

Breakin‘だったり、Scratchだったり、Graffitiだったり、Rapだったりっていう、
そういうなんだこりゃ!っていうカルチャーがHIP HOPで、丁度、小6~中1くらいの頃だった

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「元々は小学生、多分4年生ぐらいから洋楽を好んで聴くようになって、初めは、それこそTop40みたいなものをチェックして、TV番組だったら『ベストヒットUSA』とか、小林克也さんの見たりなんかしてたところから始まったんだけど、まず、向こうのラジオいいなって、その頃、ハワイとかに親に連れてってもらったりすると、向こうのラジオって喋りが殆どなくて音楽がずっとかかってて、本当いいな!って、思ったんですよ。そういうのがフェードイン/フェードアウトで繋がるみたいなやつで、いいなと思いつつ、いろんな音楽をチェックしているうちにブレイクダンスを見ちゃって、それ自体は『Herbie Hancock』が『Rock it』って、曲のLIVEをグラミー賞でやってたんですけど、それを見てたら、たまたまその中にダンサーって言うかマネキンのロボットがステージ上にいっぱいあったから、てっきりロボットだとばかり思ってたら、そのうちの幾つかが本当は人間で、それがブレイクダンスをしだして、なんだこりゃ!っていうのが、丁度6年生くらいの頃で、そこからブレイクダンスにハマって、それがどんな音楽で踊るのかってので、HIP HOPが出てきて、まあ、Breakin‘だったり、Scratchだったり、Graffitiだったり、Rapだったりっていう、そういうなんだこりゃ!っていうカルチャーがHIP HOPで、丁度、小6~中1くらいの頃だった。自分自体、ラジオいいな!って、小学生から思ってたその流れで、親が楽器用の8chのミキサーを持ってたんですよ。すげーでかい外で使うやつなのかな?掴むとこも付いてたから。それがたまたま倉庫にあったんで、それを持ってきて、当時持ってたコンポのタンテと、もう一台、超安い\9,800-の家のすぐ近くで外で特価で売られてたやつを買って来て、それ2台とミキサー繋いでフェードイン/フェードアウトみたいな事は、多分5年生か6年生ぐらいから家でやっていて、で、そこに対して、Scratchも気になっちゃって、家でそのセットでやろうとするんだけど、いくらターンテーブル触っても針はポンポン飛んじゃうし。まあ、当り前で、普通のベルトドライブのレコードプレーヤーだったんで、そうなんですけど、で、1年ぐらいたって、中学2年生くらいの時に、世の中学2年生と同じように悪い事し出して、夜な夜な六本木の街に出掛けるようになっちゃって、そうすると、そういう所のディスコに行った時に、かかってた音楽はユーロビートとかなんですけど、DJが頭出ししてるのを見たら、あっ!Scratchになってるぞ!しかも、さっきから曲が止まんないな!何だあれは!?なんか、横のアレ(テンポスライダ?)を動かせばテンポが変わるっぽいぞ!何じゃこりゃ!みたいになって、いろいろ騒いでたら、友達のお兄さんがそういうのをやってる奴がいて、そいつからいろいろ情報聞いたら、それがターンテーブルなのねってなって、そっからDJのScratchがどうのこうのみたいなのにハマっていったのが14歳の時ですね。で、やってるうちにビートが作りたくなって、それこそサンプリングが世の中で流行り始めて、86年~87年くらいに、その時これだったら俺らみたいにDJ的な感覚で曲も作れるなって事でサンプラーとドラムマシンとかその辺をゲットして、それでビートを作り出して、そしたら、ビート作ったはいいけど、誰かがラップしないとラップにはなんないなって事になって、じゃあ、俺ラップするよ!っていう所でラッパーになったみたいな感じかな。それが17歳。」

DJをはじめた頃の思い出

DJハウツー本も無いしビデオも無いし、何もハウツーが無いところで、どうやったらこうなるんだろう?
どうやったらああなるんだろう?ってのを、ひたすら試行錯誤してやっていったっていう感じかな

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「その頃は、それこそさっき言っていた親の巨大なミキサー、モノラル8chの縦フェーダー2個をテープで張り付けてステレオにして、クロスフェーダーなんて付いてないんで、縦フェーダーでScratchも練習して、そのミキサー自体にはモニターが無かった。別系統のモニタリングが出来るスイッチングが出来なくて、さあ困ったなって事で、音的にはイマイチなんだけど、Phono信号を普通の(Line)信号に変えるやつ(フォノイコライザー)がたまたまあって、おじさんがオーディオマニアでその家に2個あったんで、それくれって言って貰ってきて、それ2系統をAVセレクターみたいなのあるじゃないですか、そのセレクターにバコン!って入れて、そこからは2系統出てるから、それの片っぽを入力のあるラジカセに繋いで、それがモニターで、そのAVセレクターでこっちとこっち(両レコードプレーヤー)のモニターを切り替えてっていうのを全部お手製で作るところから始めた。もちろん、その当時はDJ機材屋さんなんてのは無いし、DJハウツー本も無いしビデオも無いし、何もハウツーが無いところで、どうやったらこうなるんだろう?どうやったらああなるんだろう?ってのを、ひたすら試行錯誤してやっていったっていう感じかな。だからもう、何て言うんだろう、その後いろんな物が出てきて、実際自分も便利だな!って思ったし、ただ、もう何でもありすぎちゃって、俺みたいに、さあどうしようって時に解決するのが上手い人は多分減ったんじゃないかなっていう気はしますよね。何でもあるから。ただ本当うちらの場合は何でも、どうしたらこうなるかな?どうしたらああなるかな?っていうのを考えて、後は人のを見たりだとか、それこそ、当時15歳くらいの頃かな、『HOP HOP』っていうクラブが渋谷にできて、HIP HOP専門の小箱なんですけど、そんな所当時は(他に)無かったから、すげー!ってなって、ただ、HIP HOPの割にテーブルチャージが高くて、普通に1万円くらい持ってかれちゃうような所で、なかなか行けなかったんだけど、たまに行くとそこのスターDJのYUTAKA君がターンテーブルが4台並んでて、そこにキーボードだとかパーカッションのマシンとかいろんな物がブワーってあって、ほんと俺から見たら、何て言うのかな、オモチャ箱って言うか、ウワーって所の後ろにGrandmaster Flashの巨大な写真みたいなのがボワーってあったりとかして、もう本当に天国みたいな所だったんだけど、そこで例えばそれこそ見たのが、なんかターンテーブルの上に灰皿だったのかな?みたいなのがボコボコってのってるんですよ。で、そこの上にレコードをのせるんだけど、針を逆に付け変えて、下からレコードに当てて、針圧直して、ってやると逆回転になるって、当時、そんな事やってて、それを4台のターンテーブル使いながらミックス途中で、してったりしてて、何じゃこりゃ!と、まあ、こうやって色々と生み出していく、考えていく、ってやっていくのって本当、HIP HOPって、面白いなって当時思ったんで、何て言うのかな、例えば、USのHIP HOPの奴らとか面白いなって思ったりするのは、みんな機材持ったら殆どその機材使い倒すって言うか、出来る事全部やるんですよね。そういう所がポイントなんじゃないかな。自分のあるものを120%に活用して、何かの形にするというか、これが無いから出来ないとか、何が無いから出来ないっていう感じじゃないと思うんで。」

近年の機材の進化について

デジタルでビートを作ったりする事に対してはあまりハードルは高く感じずにスッと入って行けた

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たぶん、17歳ぐらいかな、そのぐらいの時には所謂クロスフェーダーの付いたミキサーが市販でそこらじゅうに売られるようになりだして、だんだんDJ機材屋さんも出来て、そういった機材が世の中にブワ?って増えたんだよね。ただまあ、HIP HOPはVINYLにこだわると言うか、他のクラブミュージックに比べるとやっぱりサンプリングというものがすごく重要だったから、サンプリングの元ソースとされる、結局レコードっていうところでどうしてもVINYLが絡んでくるんですよね。より他のジャンルがデジタル化していった中で意外とHIP HOPはアナログな感じが続いてきたっていう気はするんだけど、ただ、曲を作るとかDJじゃなくてビートを作るっていうところに関しては元々シーケンサーとサンプラーとでビート作るみたいなタイプだったから、全部初めっから数値で打ち込んでみたいな、パッドとか無いようなやつでやってたんで、デジタルでビートを作ったりする事に対してはあまりハードルは高く感じずにスッと入って行けたんで。

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トラック制作について

「最近そんなにやってなくて、スケッチ程度のビートをループしたり、ネタをループしたり、とにかく、ネタのファイルを死ぬ程持ってるんで、それを一曲一曲聴いてるだけで一生終わるくらい曲があって、それをたまにちょこちょこチェックしながら、あ、ここいいな!って、思ったらループするみたいな事をやってるけど、もう、最近はスケッチ程度だったら、GarageBandでもやっちゃうし、実際、GarageBandで最終的に曲にしちゃった事もあるし、俺はそういう事に関しては上がり良ければ何でもいいと思ってるんで、例えばどうしてもここにSPのあのキックの感じが欲しいとか言う事になったらSPを引っ張り出すのかもしれないし、誰かにSPをすげーいい音で録ってもらったファイルを貰うかもしれない。あんまそこに関して、最終的な鳴りってマスタリングとかでも全然変わっちゃったりするから、だからそこはもう臨機応変にやっていくタイプかな。」

アナログとデジタルで感じるパファーマンスと機材の関わり

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「例えばDJは別だけど、LIVEなんかの事言ったら、それこそ90年代も終わる2000年入ってからくらいかな、CDを普通に家とかでも焼くようになって、多分そういう事が出来るようになる前って言うのは、新しい曲を作ってもそれをLIVEでやろうとした時にDATとかMDとか、いわゆる頭出しが当たり前のようにバンッと出せるような機材が全然無くて、DATをカチャ、、ウィって、そのタイミングを何となく考えて、解りやすく言ったら、前の曲がパン・パン・パンっで、オンでポンって始まる事が出来なかったんですよ。その当時は、(前の曲を)最後パーンってやってフヮーってなってるとこでカチャ、、、ドン・ツッ・コン・ツッみたいな感じになる訳だから、それが出来なかった事によって、向こう(海外)のアーティストの出してるレコードのインストを使ってLIVEをやろうとか、そういう自分たちの曲だけでは出来ないからそういう事をやるっていう面白さはちょっとあったのかもしれないけど、ただもう、今はそれこそ家でパッと曲作って、その瞬間にYoutubeにもアップ出来るし、その晩にどっか持っていって、ファイルでDJできるし、まあ、早いよね。とにかく、だから俺も、自分がDJする時によくやるのは、DJする時のためだけ用に自分のスペシャルなブレンドミックスを幾つか作ってたりとかして、それは別に売り出す訳でもないし、まあ、売ったら人の曲だからいけないんだけど、そこでプレイするためだけに特別なバージョンをいろいろ自分の家作って来りだとかそういう事はするし、そういう事が出来るようになって本当に良かったなって思ってるよ。」

DDJ-SXについて

プロユースにもホームユースにも両方に転べるみたいな部分が丁度いいなと思った。

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「それこそ、うちらHIP HOPの連中はSCRATCHもするんで、普通に4つ打ちのCDJの使い方とはやっぱり違くて、VINYLモードな感じにJOGを使うんですけど、そういうのも本当に今始まったアレじゃないじゃないですか、ずっとそういう風にターンテーブルみたいなタッチを追ってずっとやって来た訳でしょ?だから、それがもう全部Pioneerがやってきたのが、そこに入ってるから、一般のターンテーブルしか扱った事がないHIP HOPの奴は何かそういうのに対して、やっぱモノは違うから多少の違いはあるにしても、一番の違いは多分、違うと思い過ぎってだけだと思う。みんなもっと普通に使えばいいのにと思うし、俺なんかはもう、殆ど何も変わらないってくらいの、それこそ自分が楽曲を制作する中で、今、録音したやつをSCRATCHしたいって思い始めたのが丁度、90年代の後半ぐらいだと思うんだけど、その時にはスタジオでCD焼いて、それをCDJに入れてそこでコスるっていうのを当時、出来るようになったね!って喜んでやってたんで、だからやっぱりCDJが出来あがってからターンテーブルを選んだみたいな人にとっては、何かそれなりのこだわりがあるのかもしれないですけど、まあ、言わしてみれば、出来るんだから使ったらいいじゃん!みたいな、ところが俺はすごい強いんで、そういう意味でああいう一体型の物ってもう少しコンパクトな物とかいろいろあったと思うんですけど、あれはどちらかと言うと、プロユースにもホームユースにも両方に転べるみたいな部分が丁度いいなと思った。俺的にはちょっとした友達のパーティーとかにパッと持っていって、そこの家のステレオに繋いですぐプレイ出来ちゃうし、ミキサーのフィールなんかもPioneerのミキサーとだいぶ同じ感じに使えるから使いやすいね。」

さんピンCAMPについて

一個一個のイベントだったり、その間にある小さなクラブでのイベントだったりみたいな事の集約が多分さんピンCAMPだったと思う

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「さんピンCAMPっていうイベント自体は、多分あの当時そこに出ていたアーティスト達が経験する一番最大級のキャパだったし、イベントだったと思うんですけど、それを目指してやっていたと言うよりも、どんどんキャパを大きくしていったと言うか、それこそ400人~500人ぐらいのところから、1000人、1500人ってなっていって、3000人クラスのものになっていったっていう、そのプロセス、一個一個のイベントだったり、その間にある小さなクラブでのイベントだったりみたいな事の集約が多分さんピンCAMPだったと思うんで、あの、DVDとか出てるアレとか見て全部分かるかって言うと、なかなか分からないと思う。みんなが異常にアツいのは、そこまでのプロセスがアツくさせてるっていう事だと思うんだけど、世間一般的に言われているのは、日本にもHIP HOPのアーティストがいろいろバラバラにいたんだけど、そこにうちらの『キングギドラ』と『BUDDHABRAND』が帰国みたいな形をして、USの何を持って来たかって言うと多分、勢いだと思うんだよね。USのストリートのHIP HOPの勢いをギドラとBUDDGAが持って来て、で、それが日本のそれまであった他のアーティスト達との化学反応みたいなのが物凄くて、そこで一気に渦が出来たと言うか、それが多分93年、94年ぐらいの話だったんで、そこからさんピンCAMPが96年だから、その2~3年の間に一気に成長してったって事だと思う。」

これからのアーティストにとって大切な事は

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「それこそHIP HOPが世界的にも、まだまだ若いカルチャーだった時、今って例えば、初めてラップがのったレコードがリリースされたのが78年のはずだから、ざっと40年弱ぐらいかな、経ってると思うんですけど、初めのうちはUSで出来あがったHIP HOPだから、そっちの流れとかに沿ってるだけで全てが良かったんだとは思うんだけれど、多分、今はもう、俺なんかももう30年ぐらいHIP HOPに関わってて、USの流れ見てても、今イイね!とか、今はあんま面白くないねとか、また良くなって来たね、って流れをずっと経験してきてる訳で、そこでいくと今度はもう少しこうなったらいいと思うとか、もう少しこういう所が入ってくると面白いよねとか、今こうなっちゃったから危険だよね、みたいな事っていうのも普通にいろいろ感じたりするよね。で、まあ、HIP HOPがお陰様ですごく世界中のポップカルチャーとして当たり前になって、みんなも普通に分け隔て無くチェック出来るようになったと思うんだけど、それによって、HIP HOPの簡単な部分(と言うと語弊があるかもしれないけど)より体感的な部分と言うか、そういう部分がクローズアップされがちな、そういうものはより一般的な所に填め易いとかなって来るんだけども、HIP HOPって、元々サンプリングだったりDIGる精神、何かいろいろ掘って行く精神っていうのが物凄く大切だったものだと思うんで、そういうものが、ちょっと減ったかな、ていうのを感じるんですよ。なんで、何かそういうものが、今までとは違うものをDIGる、のかもしれないけど、何かそういうものが、もう一回HIP HOPの中に生まれて来るべきだなとか思ったりするんで、最近なんかは、みんながあまり気にしなくなったであろう、サンプリングネタとかそういう事が一番楽しいですね。多分そういう事に今みんなが耳がいってないし、新しい機材で新しいシンコペティズムを作る事に頭がいってる間にもう一個先を行こうとすると、多分サンプリング、どんなものを昔の良かったものを、また今どんな形で持って来たら更に新しいものを作れるかという所に頭がいくと思うんで、俺はね、今日本に必要なのは『DJ MURO』だと思いますよ。ある意味、KING OF DIGGIN‘、彼のああいう感覚みたいなのがもう一回もっと全世界的に、日本的にも、日本がHIP HOPをリードすべきだと思うから、そういう意味でも、もう一度ああいったものを見直す感覚が今必要なんじゃないかなと。MURO君。」

ファンの皆様へ一言お願いします

「全てのDJそしてクリエーター達、まずは、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の体で感じて、それをガッツリ表現する。表現する上で何も気にする事はありません、自分のやりたい事を思った通りにやる事。Just Image!」

Zeebra プロフィール
2013年に活動25周年を迎えた日本を代表するヒップホップ・アクティビスト。早くからその才能を開花させ、日本語におけるラップを新たな次元へと引き上げ、ヒップホップ・シーンの拡大に貢献した立役者。1997年のソロ・デビューから常にトップの座に君臨し続け、常に上のレベルを追求する姿勢に共感を覚えるリスナーも数知れない。その音楽性の高さや技術、スマートなスタイルと存在感により、男女を問わずリスナーの間でカリスマ的存在となっている。昨年、自身8枚目となるアルバム「25 To Life」を発表。最先端のビートに最高峰のラップを存分に披露した。今年は、Zeebraが主催する新レーベルの設立を発表や、風営法の法改正を目指し「クラブとクラブカルチャーを守る会」の会長としての活動も話題を呼んでいる。「不可能を可能にする日本人」から目を離すな!!

https://www.zeebra.jp/

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